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東京地方裁判所 昭和45年(合わ)4475号 判決

主文

被告人両名はいずれも無罪

理由

第一公訴事実

本件公訴事実は、「被告人両名は、昭和四五年六月一三日午後九時二〇分すぎごろ、東京都港区芝浦三丁目九番芝浦工業大学構内において、大学当局が学内警備のため雇い入れた警備員本間寅男ほか一名が就労しようとしているのを発見するや、同大学当局者において警備員を使用して学生の動向調査と学内活動の弾圧をはかつているものであると速断し、これをきゆう弾しようと企て、ほか十数名と共謀のうえ、午後九時三〇分ごろ、同大学南東校舎二階学長室内に右本間寅男ほか一名を、あいついで引き込み、同室において、在室していた同大学学長鳥山武雄(七二才)ほか同大学教授、芝浦工業短期大学学長、同工業高等学校教諭ら六名および右警備員二名の周囲を多数の学生らで取り囲み、同室の入口扉など三カ所をいずれも閉鎖してそれぞれ見張りを配置したうえ、右鳥山学長らに対し、警備員を指し示して「学長これはなんだ」などと詰問したほか、警備員雇い入れ問題について詰問を繰りかえして同学長らに応答を迫り、同学長の胸倉を掴んで小突き、さらには室内を物色して同学長の机、鞄等の中から学長の手帳、警察官出動事前要請書控、二部学友会仮執行部代表からの公開質問状等を取り出したうえその説明を求めて詰問を継続し、用便を訴える者に対してはそのつど監視をつけて出入を監視し、帰宅したいとの申し出に対しても「芝工大の学生は馬鹿だから何をするか分からない」と怒号するなどしてこれを拒否し、よつて同日午後九時三〇分ごろから翌一四日午前一時すぎごろまでの間、前記学長、教授、教諭、警備員らを、それぞれ学長室から脱出することを不能ならしめて不法に監禁したものである。」というのである。

第二当裁判所の認定した事実

そこで、本件記録をみるに、〈証拠〉を綜合すれば、次の事実を認定することができる。すなわち、昭和四五年六月、日米安全保障条約の自動延長期を迎え、学校法人芝浦工業大学(以下芝浦工大と略称)では、同月一三日学生自治会によつて、右延長に反対して翌一四日からストライキを決行するか否かを問う学生大会が大宮校舎で開かれていた。その頃学校当局においては、学内外において次第に活発化してきた学生運動に対処するため、当時芝浦工大の学長であつた鳥山武雄は、昼夜を問わず学外者の無断立入を禁ずるとともに、同月一二日開かれた定例教授会において、右ストライキに伴つて予想される学校封鎖や、他校学生の学内立入りと、セクト間の争い等を防止するため、同月一三日から約一〇日間教職員らが教授会の指示にしたがい、交替で毎夜一二時まで学校構内を巡回警羅し、不穏な状況が認められた場合、速やかに適宜の措置をこうずるため、理事長等学校当局者に通報する旨を内容とする教職員による学内警備案を提出し、警備の強化策を諮つたが、教授会においては教職員による警備の必要性はなく、かつ警備は教職者の職務外であるとしてこれを否決した。そこで鳥山学長は、昭和四四年に発生した学校封鎖や右大宮校舎での内ゲバ事件等の前例にかんがみ、警備の必要ありとして、翌一三日午前中常務理事会を開き、警備問題を審議した結果、同理事会では警備の必要を認め、芝浦工大田町校舎においては同月一三日から一〇日間、大宮校舎においては同じく一四日から一〇日間警備会社に依頼し、各三名のガードマンによる警備態勢をとるとともに、有志の教師達によつて夜一二時まで校内巡視をおこなうことを決定し、警備会社への依頼については加藤常務理事があたることになつた。

こうして、芝浦工大から警備の依頼を受けるに至つた東京探偵社では、同一三日午後業務第三部長中島清治が芝浦工大を訪れ、加藤常務理事から鳥山学長、村越常務理事らの紹介を受けたのち、加藤常務理事、小曾根総務部長らと警備の具体的内容、雇傭条件等の協議に入り、ガードマンの身分、すなわち、芝浦工大総務課の臨時職員として採用してもらつたうえで警備に従事したいとする東京探偵社側の条件を除き、ほぼ合意に達し、右条件に関しては、加藤常務理事が一応了承の意向は示したものの常務理事会の承認を得る必要があるとして、雇傭の最終決定は同日夜鳥山学長において、ガードマンと面接したうえ決定するとの話合いが纏まり、帰社した中島清治は協議の模様からして東京探偵社主張の条件による雇傭契約の成立を見越し、同日夜一〇時から前記田町校舎の警備に従事すべく、同社のガードマン本間寅男外二名を選び、同日夜九時三〇分に右田町校舎玄関前の交番附近で待機し、自分の指示を待つよう同人らに命じ、夜九時頃最終的な話合いのため再び右田町校舎に赴き、まず総務課に行き、前記小曾根から警備に必要な腕章四個ぐらい、トランシーバ、校内地図等を受取り、仮眠室等の説明を受けたのち、校内巡視の際に使用する鍵についての説明を受けるため、単身本館校舎正面入口横に所在する守衛室におもむき、守衛室の入口附近で守衛と話を交わしていたところ、ちようどその折同所に行き合わせた芝浦工大学生七、八名がこれを認め、面識のない中島清治が芝浦工大と染め抜かれた前記腕章を所持していることに不審を抱き、ストライキ決行を翌日にひかえた折から、学校当局が学生の動向を探索する目的で雇つたスパイではないかと疑い、右学生らは中島清治を取囲み「お前は誰だ、身分証明書を見せろ。」とつめ寄り、中島が「君達に答える必要はない。」と答えている折しも、本館校舎裏の内庭附近から「ガードマンらしい男を捕えた。」という声がして、急に中島を取囲んでいた学生らの間に険悪な空気が流れた。そこで中島は、学外で待つよう指示した本間寅男らの誰かが校内にまぎれ込み、学生らに発見され捕まつたものと推察し、もはや、自分でこれら学生を納得させるよう説明することは不可能と判断し、学長に説明してもらつた方が良いと考え、学生らに対し、「もし私に不審な点があれば学長に聞いてもらいたい。学長室に行こう。」と答え、学生らに囲まれて、南東校舎二階にある芝浦工大学長室に向つた。

その頃、学長室には、鳥山学長をはじめ村越潔理事、中村貴義、鯉渕正夫両芝浦工大教授、平野昇芝浦工業短期大学学長、武田昭二芝浦工大工業高等学校教頭、梅崎肇同校教諭ら前記常務理事会が決定した有志の教師による学内警備に賛同した七名の者が、同夜から学内警備にあたるため集まり、学長事務室に隣接した応接間で、当日大宮校舎でおこなわれた前記学生大会の結果等に関して雑談をしていたが、同日夜九時三〇分頃、中島を取囲んだ前記七、八名の学生らは、学長室受付の部屋から入つてこれに隣接した右応接間に中島を連れ込み、応接セットに腰を下ろしていた鳥山学長ら右七名に対し、受付と応接間とを通ずる唯一の出入扉を背にして半円を描くように対峙し、鳥山学長に向い、「こいつは誰だ、何しに来たんだ。」と詰問し、鳥山学長がこれに答える間もなく、本間寅男が学生らに腕をとられて、同様にして中島の横に連れ込まれ、学生の数も一二、三名にふえ、「学長、この男はどういう男だ、校内をうろついていたが、どういう男なのだ。」という趣旨の質問が、学生らから相次いで飛び交い、騒然とした状況となつた。鳥山学長は中島については、「名前は中島という者で、学内警備員として臨時採用するため面接に来ている者だ。」という趣旨の説明をしたが、本間に関しては、当の中島が学生らに問われて「知らない。」と答えたため、鳥山学長も、加藤常務理事が依頼したガードマンの一人であろうとは推察したが、中島が知らないと云つている以上、何らかの事情があるものと考え、同じく「知らない。」と答えた。しかし学生らは、これらの答えに納得せず、学校当局が雇つたスパイではないか、知らぬ筈はないと執拗に問いただしたが、本間は一言もしやべらず、中島や鳥山学長も、それ以上の説明をせず、押問答を繰返すだけで、学生らも手詰り状態となつてしまつた。そこで二、三の学生が、これでは駄目だ、山田を呼べと云つて急拠自治会室に引き返し急を告げた。知らせを受けた被告人両名は、中島、本間らの身分、学校との関係をあくまで究明すべく、同一〇時頃まず被告人山田、少しおくれて被告人飛松の順に右応接間にかけつけた。被告人両名を迎え14.5名にふくれ上つた学生らはにわかに勢いづき、被告人両名が中心になつて、再び鳥山学長、中島、本間に対し、その身分、学校との関係を明らかにするよう厳しい追求が開始されたが、前と同じ答えが繰返されるだけで、少しも事態が進展せず、これに業をにやした被告人山田ら数名の学生が、本間を隣室の学長事務室に連行し、机を叩き、大声を上げて素性を質したりしたうえ、所持品の検査をはじめ、遂に東京探偵社の名刺と、同人の所持する手帳の中に鈴木芝浦工大学生部長の連絡先が記入されているのを発見し、学校当局と関係のある者であることを突きとめるに至り、にわかに学生らの態度は硬化して殺気だち、憤激した被告人両名は鳥山学長らの再三にわたる退去の要求を無視し、やはり私立探偵ではないか、学校側のイヌじゃないか、お前はこういうのを雇つてどうするんだ、陰でこそこそやりやがつて、などと大声で怒鳴り、激しく鳥山学長につめ寄り、また、「子供だましのような授業をして学長になりやがつて。」などと嘲笑的な言辞を弄し、村越理事に対しては、「お前はたぬきだ、お前が一番悪い、学校におれないようにしてやる。」などと暴言をはき、さらに、その頃被告人両名ら学生達は学長事務室の学長の机や鳥山学長の鞄の中を勝手に探し、昭和四五年六月一〇日付の警察官事前出動要請書を発見するや、被告人らは、これを鳥山学長に突き付け「警察にこういう書類を出して警察を導入する気か。」と荒々しく非難し、また右鞄の中にあつたノートに芝浦寮の入寮者の名前と室番号が記載されているのを見出すや、激怒した被告人山田は、「お前は警察と連絡をとつて学生の動向や挙動をいちいち調査しているのか、教育者として恥かしくないのか。」と怒鳴り、左手で鳥山学長の肩をつかみ、右手でネクタイを握り、激しい見幕で鳥山学長に迫つたりなどするとともに、中村教授が用便を訴えた際には、被告人山田が目くばせして、学生がこれに同行してその行動を監視し、中島の折には、「そこにたれ流しにすればいいじやないか。」と乱暴に拒否し、村越理事から、「腰の具合が悪いのでここから出してくれ。」との頼みに対しては、「お前の命よりこつちの方が大事だ。」と突つぱねて許そうとせず、同一一時近くの頃、中島が帰ろうとして腰を浮かしたのを見るや、被告人飛松は、「帰ろうとして帰れるかどうか分からんぞ、芝浦の学生はバカだから何をするか分からんぞ。」と脅し、帰るに帰れないように仕向け、その後、再び電車がなくなるので帰して欲しいとの同人の申出に対し、被告人両名は交々「今日おれ達は重要なことをやつているんだから、それが片付くまで帰れないぞ、今日はお前につき合つてもらう。」と答えるなどして、強いて退出したり、救いを求めたりなどしたら、或は危険かもしれないというような殺気立つ雰囲気を醸成し、鳥山学長ら前記七名の者と中島、本間両名らの応接間からの脱出をいちじるしく困難ならしめた。

こうして、被告人両名ら学生達は、中島については、鳥山学長から一応の説明がなされ、本間と同僚であつて学校当局が雇つたスパイではないかとの疑念を全く払拭した訳ではなかつたが、かといつて、鳥山学長の説明をくつがえすだけの資料も発見できぬまま、「臨時の警備員になるよりも仲仕にでもなつたらどうだ。」などと一応穏やかに応接していたが、本間に関しては、身分は判明したものの学校との関係が明らかでなく、鳥山学長が依然として「知らない。」の一点張りであつたところから、鈴木学生部長を呼んで究明しようということになり、同夜一一時頃被告人山田が学長事務室から同部長に電話して、「お前は警備員を雇つたろう、不都合なやつだ、すぐ学校に出て来い。」と登校を強要し、村越理事をして、「学長が用があるから学長室に来てもらいたい。」旨を伝えさせた。かくして被告人両名ら学生達は鈴木学生部長の来校を待つよりほかに手段はないということで、本間に関する激しかつた追求も中断され、何れからともなく黙つてしまい、そのうち学生によつて鳥山学長ら全員にお茶が配られるなどして、今までのとげとげしい雰囲気もいくらか和ごみ、学生達も多くは学長事務室に居るという状態となり、同一一時すぎ、中島が応接間の前記入口扉附近に学生が居ないのを見定め、その隙をつき、次いでこれを見た鯉渕教授がその後から、いずれも応接間から右出入口を経て受付の部屋を通り脱出に成功した。

同一二時近くになつて、学生達は約一時間で登校すると返事した鈴木学生部長がいまだに姿を見せないのに不審を抱き、さらに同人宅に電話したところ、既に家を出たとの返事があつたので、その後二、三〇分同じような状況で同人の来校を待つていたが、いつこうにあらわれないのにしびれを切らし、途中帰つた学生もあつて、残つたのは一〇名程度となり、その中には終電がなくなるという学生もあつて、被告人両名ら残つた学生達は、中島、本間の両名が私立探偵であることはほぼ確認できたこと、学校当局が雇傭したか否かは不明であるが、これ以上確認のしようはないこと、後日自治会において、この問題で正式に大衆団交を持つて追求するよりほかに手段はなく、鈴木学生部長がいまだに来校しないのは警察に行つたからではないか、という結論に達し、翌日午前一時近くの頃学長室から全員退去した。

第三  当裁判所の判断

よつて、右に認定した事実を基礎として判断するに、被告人両名の所為は、監禁罪の構成要件を充足するが、実質的違法性を欠き、結局において罪とならないものと認められる。その理由は以下のとおりである。

一、構成要件該当性

被告人両名の所為は前認定のとおりであるが、これに加うるに当時被害者が「救いを求めたりなどしたら或は危険かもしれないと考え、ここに居たほうがいいと居る方を選んだ」こと(前掲証人中村貴義の第二回公判調書中の供述記載)およびその状況が「学長から早くお帰り下さいと云われたが、そのとき帰れる状態ではなかつた」こと(前掲証人鯉渕正夫の当公判廷における供述、但し被告人山田に対しては尋問調書)を綜合すると、鳥山学長ら前記九名の者が応接間から外に出るについて、いちじるしく困難な状態に置かれていたことは明らかである。鳥山学長らが当夜学内警備のため午前零時頃まで応接間に在室する予定であつたとしても、右のように行動の自由を奪われていたものである以上右事情は監禁罪の成否になんら影響を及ぼすものではない。してみると、被告人両名は昭和四五年六一三日午後一〇時頃から翌一四日午前一時近くまでの間、芝浦工大学長応接室につめかけていた芝浦工大学生十数名と共謀して、芝浦工大学長鳥山武雄ら右応接間に在室していた前記九名(但し中島清治、鯉渕正夫については前同日午後一〇時頃から同一一時すぎ頃までの間)の者を前認定の手段方法によつて同応接間から脱出することをいちじるしく困難ならしめて監禁したものといわなければならない。

二、実質的違法性

(一)  まず、行為の目的の正当性について検討する。

本件はガードマンの雇傭に端を発した学園紛争というべき事件であるが、当時芝浦工大の校内警備の権限は理事長から鳥山学長に委任されていたもの(証人鳥山武雄の当公判廷における供述一回)であつて、教授会がガードマンの雇傭について否定的な見解をもつていたことは証人橋本邦雄の当公判廷における供述によつて窺えるところであるが、右のごとき立場にあつた鳥山学長としては、学生運動が活発化してきていた状況下で、学校封鎖や内ケバの前例を有することにかんがみ、これら異常事態の発生を防止しようとすることは当然の措置であり、教職員による警備案が否決された以上、大学の経営、管理について中心的な責任を有する常務理事会に対し、学内警備のためガードマン雇傭の問題を提案したことは相当な行為というべきである。弁護人は「ガードマンの雇傭は一、大学理事者と教職員間に締結された「教職員の人事については事前に組合と協議する」との労働協約に違反し、また、二、学生自治会に何らの説明もなく、「人事の決定に対する拒否権」の保障に違反し、さらに、三、大学の管理運営が教授会の決定に基づいて運営されることが、大学の自治の一つの内容であるところ、ガードマンの雇傭について教授会に諮られていないのであつて、以上三点の理由によつて違法である。」と主張する。しかし、本件のガードマンの雇傭は、前認定の経緯により明らかなごとく、教職員の人事とは本来その系譜を異にするものであり、労働協約に何ら牴触するものではない。また人事の拒否権の主張についても、右に述べたところはそのまま妥当するのみならず、右の拒否権の内容は、証人藤田栄の当公判廷における供述によると、学校当局がおこなつた教職員の人事に関し、学生らが、学校側に理由の開示を求め、かつこれについて異議等意見を述べることができるにすぎないというもので、予め学生自治会に説明することを学校側に義務付けたものではない。さらに、第三点の理由とする大学の自治は、大学における学問の自由の制度的保障にほかならないところ、本件におけるガードマンの雇傭は学校警備の理由によるもので、学校管理に属する事項であると解され、学校の経営、施設の管理等の責任は、私立の学校においては、最終的には理事会がこれを有することは私立学校法に定められているところであり、芝浦工大においても寄附行為に同様定められている。このように、私立の学校においては教学の面についてはともかく、大学の経営、管理については、教授会の自治が直接支配するものではない。ただ経営管理と教学管理とは密接な関連を持つものであることにかんんがみ、学問の自由の見地から、経営管理についても教授会の意向が反映して運用されることが望ましいというにすぎない。してみると、弁護人の主張はいずれも理由がなく、鳥山学長が常務理事会の決定に従つてガードマンの雇傭にあたつたことは相当であるとしなければならない。

ところで、大学は教育機関であると同時に研究機関でもあることは自明のことであるが、そこにおいては教育は研究と一体不可分の関係においておこなわれるものであつて、学生は単に教育を受ける対象という受動的な地位のみにとどまるものではなく、そこに学びかつ研究し、学問研究の一翼を担うものとして存在し、このためには自由かつ自主的な精神と、批判的態度をもつて研究にあたり、学問に取組み、真理探究の方途を体得することが要求されているものといわなければならない。従つて、学生に対しても、教授会の自治に照応し、相当の範囲内においてその自治が認められるべきであろう。大学教育の理念がこのようなものである以上、学生の研究、その結果の発表については、学問の自由の精神が尊重さるべきはいうまでもなく、さらに、大学当局者としては、右の研究と教育に不可欠の静謐かつ自由な環境を整える責務を負うものというべきであり、反面において、学生がこれらの事項について学校当局者に対し、意見を述べ希望を表明することもまた、それが相当の手段でなされるかぎり自由でなければならない。(ちなみに、大学の運営に関する臨時措置法三条三項においても、「大学紛争が生じている大学の学長その他の機関は、当該大学紛争に係る問題に関し、ふさわしい領域内において提起される当該大学の学生の希望、意見等を適切な方法によつてきくように努め、……その講ずべき措置にこれを反映させるように配慮しなければならない。」と規定されている。)これを本件についてみるに、当時大学当局は学外者の無断立入を禁じていたもので、前認定の如き状況で中島、本間の両名を発見した学生達が、その行動に不審を抱き、学校当局が学生らの動向を探索するため雇つたスパイではないかと疑うことは無理からぬところである。スパイ行動そのものが、きわめて陰湿な性格のものであり、自由かつ、自主的な精神を傷つけ、学生の自治を侵すおそれの多いことにかんがみると、学生達が前記中島、本間の身分を確認して適当な措置を求めるため、学長室に同人らを同行し、学長に説明を求めようとしたことは、上叙の学生の地位にかんがみて相当であり、被告人両名ら学生達の本件所為の目的は正当なものであつたといわなければならない。

(二)  次に行為の手段としての相当性等に関し検討する。

被告人両名が前記学長室において、中島、本問の身分と学校との関係を究明した折に、学生達は同人らを学校側のスパイではないかと疑つていたのであるから、鳥山学長としては、スパイ行動が右のような性格のもので自由かつ自主的な精神を傷つけ、学生の自治を侵すものと受取られ易く、それだけに学生らの憤激を誘発し易いものとであることに深く思いをいたし、大学当局と学生との問における意思の疎通がじゆうぶんでないことが無用の摩擦を生ずる原因となることが多いことにかんがみ(大学の運営に関する臨時措置法等の施行について。昭和四四年八月一六日文大庶第四一二号各国立大学長、各国立大学併設短期大学部学長あて、文部事務次官通達参照)、同人らの雇傭が決して学生らの動きを調査するためのものでなく、学園の静謐、秩序維持のためのものであることを十分に説明する等の措置をとり、本件のごととき事態の発生を未然に防止するよう努めることが、右措置法の法意に照らしても相当であつたというべきであろう。事実中島については鳥山学長が一応の説明をなしたため、追求は殆んどなされていないのである。しかるに鳥山学長は前認定のとおり、本間について、学校当局が雇傭するガードマンであることを察知しながら、終始中島に同調し、学生らの手によつて、学校当局と何らかの関連を持つ東京探偵社の社員であることが判明した後においても不知を装い、誠実な対応の姿勢を示そうとしなかつたのであつて、かようなかたくなな態度が、徒らに被告人両名ら学生達の疑惑を深め、鳥山学長に対する対抗の姿勢を強め、ひいては、これらの者の憤激を誘発し、本件事態の発生をみるに至つたことが看取されるのである。被告人両名ら学生達の、前認定の鳥山学長らに対する究明の態様は確かに検察官所論のとおり、学問研究にたずさわるべき学生の行為としては遺憾極りない所為というのほかはなく、当公判廷における被告人山田の態度に徴するも、当時の追求の粗暴さは十分にこれを窺いうるところではある。しかし、被告人両名がかかる所為にいでたことについては、右のように、鳥山学長の態度にも原因があることをも考慮しなければならない。また、前記のようにその行為の対象は殆んどが鳥山学長、本間に集中し、他の者についてはさほどの粗暴な振舞はなかつたこと、鳥山学長らの行動の自由が阻害されたのは約三時間で比較的短時間であつたこと、しかも、行動の自由を侵すに足りる粗暴な所為のあつたのは、鈴木学生部長に電話するまでの一時間程度であり、この間においても特に激しかつたのは警察官事前出動要請書と寮生の名前等が記載された鳥山学長のノートが発見された時であつて、警察官事前出動要請書については、自治が特に尊重さるべき大学においては、かかる要請は教学の面にも深い関係を有するものであるから教授会にも諮問し、慎重に処理さるべきが妥当であり、理事会の決定のみでこれを行なうことは緊急止むを得ざる場合を除き避けるべきが相当であつて、教授会の諮問を経ず、かかる要請がなされたことに学生らが憤激したことは当然とはいいえないとしても、相応の理由はあつたものと認めるべきであり、寮生の名前等が記載された鳥山学長のノートについては、寮の管理、監督は、学長に教学の面からこれらの権限のあることは否定しえないとしても、学長自ら、かかる調査を必要とした事情の説明がなされていない本件においては、これを発見した被告人山田において、学長がひそかな学生の動向調査の意図をもつて寮生の調査をしていると推測し、学生自治の侵害であると感じ、激しく抗議したことは、右鳥山学長のノートの発見の経緯に行きすぎがあり、かつ、その追求の態度に粗暴な点が多く認められるとしても、その責をひとり被告人山田に帰せしめることは酷にすぎるものといわなければならない。さらに当夜鳥山学長ら学校側の七名は一二時頃までは学校警備のため在校の予定であつたこと、中島、本間の両名は翌朝七時まで警備に従事することになるであろうとの予測で来校していたものであつたこと等の事情を勘案すると、行動の自由が侵害されているとはいえ、その法益侵害の程度、態様は、結局は誤想であつたけれどもこれによつて守ろうとした学生の自由かつ自主的な精神と学生の自治に比較すれば、軽微であつたというべきである。最後に、被告人両名ら学生達が中島、本間を発見するや直ちにその究明の挙に出たこともその発見の経緯、状況並びに鳥山学長の右のごとき対応の姿勢からするならば、同人らを鳥山学長らに引き渡し、後日究明すれば足りるとすることは、寧ろ難きを強いるものであつて、とうてい後日に至つては事実を究明し得ないとして本件行為に出たことは、当時の具体的状況にかんがみると、右は緊急にして必要やむを得ない措置として是認できないものではない。

(三)  してみると、被告人両名の本件行為は、その動機、目的において正当性が認められ、また、本件の具体的状況にかんがみ、社会通念上右目的を達成せんがために採られた手段として、いまだ相当性の範囲を逸脱しているものとは認めがたく、法益侵害の程度も軽微であつて、右行為によつて保護される法益と侵害される法益との均衡においてもこれを失しているとは云いがたく、かつ、補充性の要件も一応具備しているというべきである。されば、被告人両名の本件行為は法秩序全体の理念に照らし、監禁罪の罰条をもつて臨まなければならないほどの違法性があるとは認められず、結局被告人両名の本件行為は実質的違法性を欠き、罪とならないものと認めるのが相当である。

第四、結論

よつて、刑訴法三三六条により、被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

(船田三雄 杉山伸顕 桑原昭熙)

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